「ブリーチは傷む」ことは、現場の誰もが知っています。では、傷んだ髪の中で分子レベルでは何が起きているのでしょうか。多くの美容師が、お客様に「なぜ戻らないのか」を説明する言葉を持ちにくいのが実情です。この記事では、SEM/TEM観察とプロテオミクスの査読論文をもとに、ブリーチで起きる変化を順を追って読み解きます。
この記事のポイント
- ブリーチの過酸化物はキューティクルを越えてコルテックスまで届き、髪に最も多いタンパク質(中間径フィラメント)のジスルフィド結合をシステイン酸へ酸化させます (1)。
- シスチンからシステイン酸への酸化は「不可逆な切断」であり、流出したタンパク質も戻りません (2)。
- だからケアは「戻す」ではなく「補い・守る」が正確な言い方になります。
ここで一つ、断っておきたいことがあります。書き手は美容師ではなく、化学を学んだ立場から論文を翻訳して伝える役割です。施術の体験談ではなく、査読論文に書かれていることだけを根拠にします。
ブリーチはまずキューティクル(表面)で何を壊すのか
ブリーチ後の髪は、表面のキューティクルが不規則に浮き上がり、先端から破損・亀裂を起こします。処理が過酷になると最外層のスケールは完全に剥がれ落ち、内部のコルテックスがむき出しになります (4)(3)。表面の損傷は、見た目の問題にとどまりません。
走査型電子顕微鏡(SEM)では、スケールの「浮き」と「剥離」が観察されます。剥がれた下層には内毛小皮(endocuticle)の残渣が付着し、髪の表面を粗く見せます (3)。
さらに激しいダメージでは、キューティクル層が完全に脱落します。透過型電子顕微鏡(TEM)では、残ったキューティクル細胞がコルテックスから分離して浮いている様子が確認されています (3)。コルテックスが露出した表面には、繊維の縦方向に沿った亀裂が走ります。この亀裂は、水分などの侵入口となり、さらなる劣化を招きます (3)。
ここまでをまとめると、ブリーチはまずキューティクルのスケールを浮かせ・剥がし、過酷な条件では層ごと完全に脱落させてコルテックスを露出させ、その表面に縦方向の亀裂を走らせます (3)。
過酸化物はなぜコルテックス(内部)まで届くのか
キューティクルの構造劣化そのものが、過酸化物の侵入経路をつくります。キューティクル細胞をつなぐ細胞膜複合体(CMC)が劣化して層が分離すると、髪の透過性が大きく高まり、これがコルテックスへの「主要な侵入経路」になります (1)。
過酸化物はコルテックスに到達すると、狙ったメラニンだけを選んで分解するわけではありません。2018年の研究では、過酸化物がコルテックスに素早く到達し、髪全体のタンパク質に「無標的な(untargeted)酸化ダメージ」を与えると報告されています (1)。「脱色」と「ダメージ」は、同じ酸化反応の表と裏なのです。
影響は迅速です。ある実験では、最も軽い「わずか2回のブリーチ」の時点で、すでにメラニン顆粒が深刻に分解されていることがTEMで確認されました (1)。メラニン顆粒が溶けたあとには、コルテックスのマクロフィブリルの間に多数の穴や空孔が形成されます (3)。つまりブリーチ剤は、自らキューティクルのCMCを劣化させて内部への通り道をつくり、最も軽い条件でもメラニン顆粒を深刻に分解するのです。
「タンパク質が抜ける」とは分子で何が起きているのか
「タンパク質が抜ける」とき、流出するのはキューティクルだけではありません。コルテックスの中間径フィラメント(IF)のケラチンが、すべてのブリーチ条件で流出することが確認されています (1)。中間径フィラメントは、髪に最も多いタンパク質です。
流出量は、ブリーチが強いほど増えます。ある研究では、水に溶け出す「可溶性タンパク質」の割合が、未処理の約4{bfeffe9ee9ca3b1c850ef893b49fdeedb7d7fa82b115501c817bdd727bdbd0e3}から最大67{bfeffe9ee9ca3b1c850ef893b49fdeedb7d7fa82b115501c817bdd727bdbd0e3}へ跳ね上がりました (1)。本来ケラチンは強く結びついて溶けにくいのですが、ブリーチが結合を切るため、これほど大量に放出されてしまいます。8回という過酷な条件では、IFを取り囲むケラチン関連タンパク質(KAP)までも流出します。
では、なぜ結合が切れるのでしょうか。鍵はジスルフィド結合(シスチン、S–S)です。2025年の研究は、ブリーチの最も有害な影響を「シスチンからシステイン酸(cysteic acid, –SO₃H)への不可逆的な酸化的切断」だと指摘しています (2)。髪の架橋を支えていた S–S 結合が、酸化によって別物(–SO₃H)に変えられてしまうのです。
酸化マーカーはこれだけではありません。「タンパク質のカルボニル化」という別の酸化マーカーも、ブリーチの進行に伴い有意に増えると報告されています (2)。過酸化物による酸化は無選択的で、シスチン以外のアミノ酸側鎖やペプチド主鎖そのものまで酸化・切断するのです。
髪の「強さ」と「手触り」は数値でどう落ちるのか
分子レベルの酸化は、物理的な数値として現れます。2025年の研究は、酸化マーカー(システイン酸・タンパク質カルボニル化)の増加と、髪の熱変性温度の低下との間に「強い負の相関」があることを示しました (2)。損傷は感覚だけの話ではないのです。
熱安定性はDSC(示差走査熱量測定)で測れます。この研究では、ブリーチでα-ケラチンの熱変性温度が劇的に下がることが確認されました (2)。酸化で結合が壊れるほど、髪の構造を崩すのに必要なエネルギーが小さくなる ― つまり熱に弱くなる、ということです。
強さの指標についても見ておきましょう。2025年の研究は、引っ張りの初期領域での「ヤング率(弾性率)」を測定し、ブリーチで有意に低下することを報告しました。通常のカラーリングと比べても、ブリーチはヤング率を1.5倍以上強く下げています (2)。わずかな力に対する髪の抵抗力が、分子レベルの酸化に伴って確かに失われていくということです。
だから「戻す」ではなく「補い・守る」が正確 ― 補修の限界
ここまでの話を一本の線でまとめます。シスチンからシステイン酸への酸化は不可逆な反応です (2)。物理的に流出したタンパク質も、自然に戻ることはありません (1)。失われた結合とタンパク質は、元には戻らないのです。
論文自身も、この点を明確にしています。2025年の研究は、髪が頭皮を出た時点で構造は定着しており、内部の生化学的プロセスで構造を変えることはできないと述べています (2)。そのうえで論文が強調するのは、事後的に「元に戻す」ことではなく、酸化ストレスから髪のタンパク質を「保護」し、予防する戦略の重要性です。
この科学からの含意として、お客様への説明はこう言い換えられます ― 「このダメージは元に戻すのではなく、補って守るケアです」。書き手が接客の台詞を断定するわけではありません。論文が示す不可逆性を踏まえると、「補修」という言葉の正確な射程はそこにある、ということです。
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よくある質問
ブリーチのダメージはトリートメントで元に戻りますか?
戻りません。シスチンからシステイン酸への酸化は不可逆な反応で、流出したタンパク質も毛髪に戻らないためです (2)(1)。論文も「元に戻す」ではなく、ダメージ要因から髪を「保護・予防」する戦略を重視しています。ケアは補い・守る性質のものと考えるのが正確です。
ブリーチで「タンパク質が抜ける」と聞きますが本当ですか?
本当です。コルテックスの中間径フィラメント(髪に最も多いタンパク質)を含むケラチンが流出します (1)。可溶性タンパク質の割合は未処理の約4{bfeffe9ee9ca3b1c850ef893b49fdeedb7d7fa82b115501c817bdd727bdbd0e3}から最大67{bfeffe9ee9ca3b1c850ef893b49fdeedb7d7fa82b115501c817bdd727bdbd0e3}まで増え、ブリーチが強いほど流出量も増えます。8回という過酷な条件では、ケラチン関連タンパク質(KAP)まで抜け出します。
ブリーチとヘアカラー(白髪染め等)でダメージは違いますか?
どちらも酸化ですが、程度が異なります。ある測定では、ブリーチは通常のカラーリングよりヤング率を1.5倍以上強く下げました (2)。
ブリーチで頭皮が痛くなるのはなぜですか?
繰り返し処理や加熱(アルミホイル包装+約35〜40℃の加熱など)の過剰条件で、頭皮に腫脹・表皮の菲薄化・水疱形成などの損傷が起きうることが、ラットを用いた動物実験で確認されています (4)。同じ条件でも1回の処理では目立った変化はなく、過剰な繰り返しが問題でした。なお、医療的な判断は専門医にご相談ください。
まとめ
ブリーチのダメージは、一本の因果でつながっています ― 表面(キューティクル)の損傷が過酸化物の侵入経路をつくり、内部(コルテックス)でメラニンと髪全体のタンパク質を無差別に酸化し、シスチンを不可逆的にシステイン酸へ変え、タンパク質を流出させ、最後に強度や熱安定性という数値の低下として現れます。失われた結合とタンパク質は戻りません。だからケアは「戻す」ではなく「補い・守る」が、科学的に正確な言い方になります。
参考文献
本記事の統計・所見は、すべて手元の査読論文を一次ソースとし、NotebookLM(B3-bleach-damage ノートブック、論文4本収録)への問い合わせで内容を確認しました(確認日: 2026-06-28)。Web検索の統計は使用していません。
- Grosvenor, A. J. et al. (2018). Hair-fibre damage assessed by proteomics and microscopy. International Journal of Cosmetic Science, 40(6), 536–548. DOI: 10.1111/ics.12495
- Grosjacques, M. et al. (2025). Oxidative damage markers and mechanical/thermal properties of bleached hair. International Journal of Cosmetic Science, 47(4), 604–625. DOI: 10.1111/ics.13052
- Kim, Y. et al. (2024). Microscopic observation of cuticle and cortex damage in bleached hair. Applied Microscopy, 54, 11. DOI: 10.1186/s42649-024-00104-0
- Jeong, K.-H. et al. (2010). Effects of bleaching agents on hair and skin under excess procedures. Journal of Dermatology, 37(10), 882–887. DOI: 10.1111/j.1346-8138.2010.00916.x

